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新築からリフォームまでお気軽にご相談ください

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金子建設は昭和2年創業横浜市磯子区を中心に
90年以上の実績をもつ地域密着の工務店です

お住まいに関するお問い合わせは
0120-704-870

会社沿革

初代(会長談)

私の先々代にあたる祖父の巳之助は、明治38年に生まれその親な鳶職、農業など何でもこなせる人だったそうです。
大正12年関東大震災を機に大工になろうと矢部野氏(現洋光台)に弟子入りし、住宅、神社を手掛け昭和2年に独立、起業しました。
独立後、近隣の仕事をしながら農協の港南支所の建築や横浜博覧会の鉄骨タワーを鳶職、大工を数十名集め施工したそうです。
しかし当時は年間を通しての仕事はなく、稲作農業を手伝っていたと会長は話します。

2代目・3代目(会長談)

会長が小学校の頃、横浜反町での博覧会へ父親に連れて行かれ、間組の仕事で鉄塔を構築した。笹下の人達の応援を頼み完成した。私も幼心にすごいな~と思った。 また、中学校の頃鎌倉の銷大師の本堂の天井を尾州の桧で施工もした。
中学校卒業後、夜学に通いながら高卒の兄と一緒に親父に弟子入りをした。親父が墨付けをし、兄弟でドリルを使って穴を掘り、木材を刻んだ。
住宅、店舗、お寺、洋光台3丁目、薬王寺、又、氷取沢の宝勝寺の屋根替え、草葺から銅板葺に、内陣も丸柱を建て紅梁も、彫刻師に彫らせ、燗間も納めた。 鐘桜堂も新築し、刻みは私たちが施工した。 その後兄は土木、擁壁、造成、基礎工事、私は建物と分業で進める様になった。親方はなかなか仕事を教えてくれず、職人に仕事を教えてもらう。 仕事は教わらず盗めというのが口癖であった。大工の職人が3~4人常備する様になると見積り、打合せで忙しく動き始める。 兄も社長代理で現場から離れ管理職に、土木・建築とも私が見る様になる。 近所、笹下地域のお客様、又、紹介で仕事も増え、会社として経営する様になり、年間仕事も切れる事なく進んできました。

現在

私は、昔からよく父に現場に連れて行ってもらいました。 父の背中を見て育った私は高校卒業時の選択肢に大学の建築家しかなく流れで大学に入学、卒業後、大学教授に紹介された松井建設というゼネコンに入社しました。
1年目はまさに地獄、支店でも有名な気性の激しい所長の元、1年半本牧のマンション建築現場に従事、竣工前3ケ月間休みもなく残業の嵐、斫りに片付と現場監督とかけ離れた仕事で全く楽しい思い出はありませんでした。 竣工の日、足場も取れてお客様より「ありがとう」と感謝され、自分の手掛けた建物が出来たという充実感は今でも覚えています。
それから郵便局、公団と現場監督をし、ゼネコン最後の現場が突貫現場。竣工1か月前にウレタンを吹付けている有様でした。 それまでに経験した3年間のノウハウを発揮し、一人墨出しを覚え全ての内装の墨出しを一人で行い、手配をかけ、何とか竣工に間に合うことが出来ました。 この現場があって今の私があります。
4年半のゼネコン生活を終えミスタービルド(その後リフォーム工房MK)を立上げに伴い金子建設に入社。 立上げの意味すら説明されず黙々と仕事をした記憶があります。
以降、RC、木造と数多くの物件を手掛けました。最初に感じた自分が建てた建物がお客さまに感謝される事だけを考えて仕事をしてきました。 ここまでは自分しか見えていなかったと思います。 少しづつですが自分に余裕ができ、周囲を見直した時、現実とのギャップを感じました。
役員に昇格したのをきっかけに今までの良かった事、80年存続している会社の信用とノウハウに加え不足していた社会貢献とシステム化に若い力等を取り入れ、永代まで続く会社の土台を作りたいと考えるようになりました。


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